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TabitsumaJunk in Japan「ガレージセール、ア・ラ・カンパーニュ(田舎)!」の巻

エカキの実家の敷地は広い。ゆえにガレージセールをガレージで行なおうとすると、道路からかなり入って来ないといけない。つまりは・・まず・・通行人にとって何が行なわれているかは分からん!

ということで、道路きわきわにテーブルを設置しテーブル上にいろいろ不用品を並べてみた(エカキが)。
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実はこの家、となりが小学校で、その向かいが幼稚園というナイスなロケーション。

エカキは言った。「午後3時から1時間が勝負やな」。

田舎の幼稚園というのは子どもを歩かせて登園降園する親というのは皆無。近くだろうがみんな車で送迎する。つまりこのテーブルの前を必ず通過するのだった。

で、どうなったかと言うと、まず漆器類とカトラリーのセット、盆がなくなった。
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その後、ちょいと小規模家電を追加。(沸騰ジャーポット・オーブントースター等)
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全部はけたかというと、それはなかった。なぜなら、この日2時間限定だったから。午前中に納屋の片付けを行ないクリーンセンターに大型ゴミを捨てに行き、お昼過ぎにこのテーブルを出した。翌日にはnabetsumaの実家に移動。そちらはそちらでゴミ出しが・・とにもかくにも、不用品やゴミは大変ですよ!!!

*下校途中の小学生のガキどもが、ここで2時間ほど遊んでキャアキャア騒いでうるさくて大変だった。彼らにとってこのプチイベントはすっごく新鮮だったもよう。良かったね〜

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by nabetsuma | 2013-10-29 17:24 | ローカル旅ツマジャンク

老人クライシス『<慰霊祭>における「平服とは」』

冠婚葬祭の「葬祭」における『服装』について、困ることありません?

今回の合同慰霊祭、服装をどうするかで少々もめた。ネット検索かけると各地の医大にもよるが「平服で」と出てくる。そこで「平服」を調べると、こういう慰霊祭の場合の平服とは「喪服」と出てくる。でも、これっておかしくない? だってわざわざ「平服」と書いてあるなら、それは「喪服」ではなかろう。「平服の定義」を「略式のフォーマル」と解釈し「スーツで」と書いてあるHPもある。

で、どうなったかというと、nabetsumaは、上に黒の丸首のカーディガン、下濃いグレーのフレアースカート、黒ストッキング、黒パンプス(ちなみに上はユニクロ、下は無印良品。ワンポイントに真珠のネックレス装着。見た目、悪くなかった)。
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それにしても、会場に向かう途中「おれの上着はどこ?」ってエカキが聞いた。「えっ?あたしがカーディガンなんだから、あなたはシャツだけでいいでしょ?」と返したら、「うへっ!ちゃうやろ?普通はジャケットを着るだろう?」。「普通は・・」って、言える立場じゃないでしょ、ちっとも普通じゃない生活してるくせに!!! と、「腹が立つやら、こんな間際にそんなこと言い出すなんて」と、怒り心頭ながらYoumeタウンのユニクロに、大急ぎで立ち寄り黒いジャケットを買い込んだ。

*ご参考まで=会場の出席者たちの服装というのは、喪服からダウンベストまで、てんでばらばら。軽トラで乗り付けたじっちゃんは野良仕事の服装だった・・なんでもええんよ!こういうのは。気持ちの問題なんだから。自分が「これでいい」と思えばそれでいいのだ。
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by nabetsuma | 2013-10-28 22:14 | 老人クライシス

老人クライシス『<献体>というシステム』

「自分の体」と「健康法」が生涯のテーマだった父は、生前に自ら望んで献体登録。母も同様に登録。「献体」とはこちら=

献体の場合、問題になるのが「葬儀をどうするか」。亡くなった後、献体を登録した医大への搬送は葬儀終了後でもOKだが、元々父親は宗教をまったく信じず「葬式はださないでくれ」が遺言。ゆえに、亡くなったその日の夕方に、医大からお迎えが来てそれで終了。献体の時の葬儀について詳しくはこちら=

2012年11月08日:老人クライシス「怒濤の日々」

2012年11月09日:老人クライシス「献体という選択」

2012年11月26日:老人クライシス「旅立ちへの予感?」

で、ちょうど1周忌にあたった先週、医大の合同慰霊祭が行なわれたので出席してきた。今回は54体の献体を慰霊するイベントであった。1時間が慰霊祭で、その後、返骨式が行なわれ、13時半スタート、15時半に終了。(後ろ姿はnabetsuma。遺骨と感謝状を受け取っているところ)
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さて、実家が空き家になって1年。さすがにこのままずうっと放置しておくわけにもいかずで売りに出すことに。すると問題になるのが「仏壇」のゆくえ。一人息子の家に嫁いだ一人娘なのだから「義父さん、覚悟できてるよね?」なんて思いつつ、今回エカキ実家に我が親が同居に。

左が作り付けの仏壇におさまるエカキのご先祖様。右が・・場所の良いところがなかったので、洋服タンスに仏壇をはめ込んで設置した我家のご先祖様(エカキ宅にて葬儀や法事ある際に仏壇を隠せるのでここに決定。こんなことバレたらエカキの親戚になんて言われることか・・)

「義父さん、仲良くしてね!」と、くれぐれも頼んでもどって来た。
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by nabetsuma | 2013-10-27 17:30 | 老人クライシス

KodomoQuest「早く、続きが観たい!」の巻

*しばらく留守になります。

アニメ、終わっちゃったねえ・・進撃の巨人! ぜんぜん話は終わってないけど。
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左「雌型」、右「エレン」。どちらも人間が巨大化し、こんな姿に。
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スゴいなあ・・女性の時代だ=
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挿入歌、いいねえ・・
    
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by nabetsuma | 2013-10-19 20:51 | KodomoQuest

『耐熱のタルト皿をお試し』

無印良品で初めて製菓道具を買ってみた。陶器製のタルト型22cm。こちら=

個展が終了し、ちょっと一息ついたので、お試しでリンゴの簡単タルト(左上)、フラン(右下)を作ってみた。
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意外に・・いい! 何がいいかというと、まず、ニトリで見かけた白い耐熱タルト皿より色がクリームがかっているところ。真っ白より暖かい雰囲気がいい。加えて、焼いてみたら、結構ちゃんと底に焼き色がつく点。
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ほら、底の焼き色、ついてるでしょ?
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*「リンゴの簡単タルト」とは、タルト皮の上にスライスした生リンゴを並べて上からカソナードをぶっかけて焼くだけのタルト。まず店では売られていないモノ。お家ベーキングの良さだ〜〜

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by nabetsuma | 2013-10-18 16:08 | chez-nabetsuma

Ekaki-tsuma Junk 「エカキツマの作品展示プロセス」

*個展、無事終了いたしました。みなさま有り難うございました。

『ヴェルニサージュ(Vernissage)』、仏語で展覧会直前に行なわれる内覧会などのこと。我が国ではレセプションとか単にオープニングパーティと呼ばれたりもする。

うちのエカキが最初の個展を開いたのが「1979年」、美大を卒業して1年経った頃。この時から展覧会時に大なり小なりのレセプションを行なっている。最初の頃はテイクアウトした料理を皿に盛りテーブルに並べていた。その当時から比べると我ながらずいぶん進化したな、と感じている。

今回はトークの後だったので、終了後に素早く料理を並べてパーティに移行させることが重要だった(大げさな)。そこで・・欠かせないのが「カンニングペーパー」。(ちなみにカンペは3種類。1:搬入時に車で運んでおく備品。2:メニュー&調理・冷凍・冷蔵・解凍などのタイムスケジュール。3:パーティ当日の準備プロセス)

画廊の裏方。カンペ1:前もって作品の搬入時にパーティに必要な品々を運び込んでおく。篭や大盆、皿にボールなど大きいモノや重いモノ、キッチンペーパーやラップ類。クーラーボックスはドリンク類を会場で提供するまでの保冷として有効。
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カンペ3:カンペに従って順番に準備を行なって行く。テーブル上の配置、設営までを計画し紙に描いておくと、当日慌てて配置しなくて済む。
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当日タッパウエアで運び入れた料理を前もって運んでおいた皿に並べ、あとは冷蔵庫から出すだけに準備。キッシュなどはこの時点で1/3ほどに切り込みを入れておく。しばらく出しておいても大丈夫なお菓子類等も並べておく。この時点で、カナッペにするパンもスライシュして保存袋に入れておくと、テーブル設営時にすぐにパンの上にディップをのせていくことが可能。
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料理を並べるテーブルには持参の生成りのクロスをさっとかける。このクロスは模様などない、単純な無地の布のほうが料理を美味しくみせてくれる。(机の地のままでは、これも料理は美味しそうには見えない) 神戸の某老舗書店員だったTさんがカナッペの盛付けを手伝ってくれる。
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by nabetsuma | 2013-10-17 15:44 | エカキツマ・ジャンク

Blog Gallery『その6:神戸に来ることができなかった方々に!』

パリでの修行(ここ数年4回の渡仏)のかいはあったかな?
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*2番手人気のチキンロール
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*1番人気のキッシュ
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*3番手人気のチャーシュー&煮卵
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*インドレストラン、デリーからのテイクアウトのポテトサモサ
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*同じくデリーのチキンサモサ、コリアンダーソース添え
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*左はアメリカ南部料理コーンブレッド。ル・ディマンシュのレトロバゲットの上にオリジナルディップのせカナッペ&パリみやげのクレームドキャラメル塗りカナッペ
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*お口直しのフルーツポンチ/マチェドニア、6カップはゼリートッピングの特別版。
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*デザートのレモンバタータルト(アメリカ南部のパイ料理のタルト版)
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*3種ナッツのクロッカン
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**目で楽しんでいただけましたか? みなさんはどれが食べたい?

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by nabetsuma | 2013-10-14 08:18 | ブログギャラリー

Ekaki-tsuma Junk 「ギャラリートーク」

10月12日の画家本人によるトーク:「1970年後半、画学生から絵描きとしてスタートを切った東京時代の話を、その40年後のパリの絵と絡めてのトークとなります」と告知したが、自分が生まれたところから話がスタートしたもんで(地図の赤丸は香川県東かがわ市白鳥町。うどん県として有名な香川県&手袋の町として繁栄した白鳥の話をしているところ)、なかなか先に進まなかった。
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受験で芸大の絵画棟の7階で初めて地震の揺れを体感し驚愕した話やら、武蔵美時代の同級生で画家だけでやっているのは自分と大竹伸朗くらいだとか、武蔵美の共通彫塑などの豊かな講師陣のよもやま話、学内に将棋同好会を作りプロ棋士を大学祭に呼んだ話など大学時代のエピソードをいろいろ披露。

そして、卒業制作2点、ひとつがお茶の水のニコライ堂の風景F60号、もうひとつがこの下の写真の静物画50号。この絵は縁あってエッセイ「阿佐ヶ谷ビンボー物語」に出てくる医院の夫妻の新居に飾られることとなった。奥さまが医院の医師、その御主人はその後都立大の学長となった山住正己氏であった。
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卒業と同時に、絵描きとして生きて行くことにしていたため、とりあえず阿佐ヶ谷の独身者用のアパートの管理人となり家賃を浮かせることにした。(自分は稼がず)

当時住んでいた阿佐ヶ谷から阿佐ヶ谷南へと抜けるパールセンター街の地図を示して説明。阿佐ヶ谷は、その後知り合った漫画家の永島慎二さんや、民芸店を営んでいたねじめ正一氏などが住んでいたことで知られている。
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そして、卒業後の東京でのお初の個展DM。↓ ↓ その個展収益で親子3人ヨーロッパ放浪ばなし。チビ連れのその日任せの旅は悲惨だったけどエカキ本人はあまり苦にしていなかったもよう。(この話はまた別の機会に、だそう)
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最後は自分の本の中から「阿佐ヶ谷ビンボー物語」のエッセイを朗読した。洋画家、林 武の奥さんが暮らしに困ってリアカーに絵を積んで売歩いたという実話に奮起し、当時せっぱつまったエカキツマが、近所の医院に乳母車に絵を積んで売り込みに行ったことを紹介してましたな。(ちなみに「おれは絶対にそんな恥ずかしいことはせんぞ!」と同行を拒否。フン! これが前述の山住正己ご夫妻との馴初め)
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大学時代のエピソードも多く、本人は喋り足りなかったが時間切れに。もっと聞きたーい!と言ってくれたのは画廊のオーナーさんでした。次回、続きを乞うご期待!?

そのころ、エカキツマは着々とパーティの準備を裏方で進めているのだった・・
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by nabetsuma | 2013-10-13 15:42 | エカキツマ・ジャンク

Blog Gallery『ファイナル:神戸に来ることができない方々に』

*70年代の美大生時代から、卒業後の80年代に描かれた絵のラインナップです。

左は1980年、フランスのボルドー滞在時に描かれた作品、『大学構内』F8
右は第一次京都時代の終わり1985年に描かれた作品、『まねき猫・枯れた花F12
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左は卒業後1978年製作『小壷とパン』F4
真中は1979年製作『塔のある街路』F8
右は1978年製作『皿のぶどう』F3
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そして、最後に・・
左は息子の像、1982年製作『たける・ビー玉』F6
右は1975年製作『自画像』F10
真中は1974年製作『青い帽子』F12、モデルは当時の彼女(予備校に通う浪人生)
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最後までご覧いただきありがとうございました!

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by nabetsuma | 2013-10-12 17:30 | ブログギャラリー

Blog Gallery『その5:神戸に来ることができない方々に!』

さて、水彩画をご紹介。

『青い扉』太子
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『ラ・ローズ・ド・ジャヴァ書店』太子
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『タンプル通りの画廊』太子
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『シール・アダッシュ書店』太子
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『モナ・リゼ書店』四つ切
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『タンプル通りの画廊』四つ切 *こちらは大判のほうとなります。
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by nabetsuma | 2013-10-11 15:25 | ブログギャラリー

ヴィンテージ・ナベを国内外から収集し「鍋道」を極めんがため精進する不敵な奥様。


by nabetsuma
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