<   2007年 11月 ( 21 )   > この月の画像一覧

NabetsumaJunk「死ぬまでにしたい10のこと・・」の巻

死ぬまでにしたい10のことの1つ〜「二兎を追って二兎を得る!」。
これが叶ったことが一回だけある、夢んなかで〜こちら〜


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

体の調子が悪いと頭の回転もおちるらしい・・続けてアホなミステイクを2連発やらかした。

まずはヨドのドットコムにて、デロンギのオイルヒーターの注文で放熱フィン10翼をポチしたつもりが8翼だった。ガス屋の工事をしばらく待っていたが、ガスファンヒーターだと、送風が部屋中のほこりを舞いあげるので毎年うんざりしていたこともありで、突然気が変わりガス工事自体をキャンセルした。それで注文したのがデロンギ。で、ヨドバシドットコムでは製品を箱から出した時点で交換はできなくなる。ということを今回はじめて知った・・あら?

つぎにお菓子材料のクオカのネットショッピングでケーキカバー1890円を注文したらサイズを間違えた・・箱から出して気づいた・・でもこれは返品OK。ただし送料こちら持ちなので久々にクロネコの料金表を調べたらエライことになっていた。荷物の大きさが100cm以内で返却先の香川県まで送料が1260円なり。持込みでも1160円、うわっ、高くなっとるやん! ということで、Yahoo!ゆうパックを利用し550円にて返送した。元々ヤフオクの商品送付専用だったYahoo!ゆうパックは最近オークションでなくとも利用でき、ローソンかファミマで送付受付となる。こちらは合計150cmまでなら軽いものほど安く送れる料金システムをとっている。

ということで少々がっくりしているが、最近の買物で良かったのはやはり「オーブントースター」だろう! これは息子のエアコンのポイントでゲットね。タダ〜
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これ、本来のトースター機能にくわえて、焼き芋がめちゃくちゃ美味しくできあがるのだ! さっと洗って軽く水分をとってオーブントースターに入れ「焼き芋スイッチ」を入れるだけ。温度管理も時間調整も勝手にやってくれる。自動調理を信用していないnabetsumaだが、これはすごい! 中は遠赤外線でほっこりふかふか熱々で、外側はこんがりの「ああこれが本当の焼き芋」だわ〜

あと「プチ道具」を2種。
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左は無印良品のチビ泡立て器、右は大丸で買ったチビゴムべら、どっちも中以下の大きさのボールに使う。
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これらはタルトやパイの生地のみを焼くとき、生地の浮きあがりを防止するために使う重石・・セラミック製。以前は小豆やコメで代用した時代もあるが、もったいない。繰り返し使えるこういうのがいいね。(写真は五十肩事件以前)

買物といえば、ここしばらくコツコツと「コート貯金」をしていた。軽くて上等で(ボロ隠し用)すっきりしたデザインのコートを一昨年から探していたが気に入ったのがなかった。昨日出かけたときに高島屋のヨーガンレールでスッテキなアンゴラの軽くて上等ですっきりしたコートを見つけた! わくわくどきどきで思わず買いそうになったが、必ず一晩は考えることにしているのでガマンした・・で、そのコートを今日にでも買いに出かけるぞ! と今朝10時までは思ってたんだけど、つい発売されたばかりのMacBookのスペックをネットで見ていてむらむら来てしまった・・ああ・・コートがマックに化けそう・・もち倍以上足さないといけないんだけどね・・かなし。子どもの頃から「どっちかにしな」と言われて育った環境が恨めしい・・

「どっちも欲しいのかい?」
「もち!」
(=∧=)「でも無理!」
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by nabetsuma | 2007-11-30 16:49 | ナベツマジャンク

FoodQuest「餃子あん、最後の聖戦その2・・」の巻

「餃子の皮」の作り方はこちら

『いいかげん自分ちの「あん」には飽きた!』というNicoleさんと『皮とともに美味しい「あん」が知りたい』というEKreidolfさんのために。(もお〜おねえさんたち、わがままなんだからぁ〜 ← しんのすけ風で〜)
餃子のあん「具」、17日に作ったものです。五十肩事件以前なり。
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<材料>
A:白菜1/4個、白ネギ1本、生姜親指大1個、ニラ4~5本(2/3上のほう青い部分を使用。写真では一束写っているがくれぐれもこのうちの4〜5本のみ)
B:豚ひき肉(バラ肉の安いほう)400g、豚ひき肉(赤味)200g
C:塩小さじ3杯・醤油大さじ3杯・酒大さじ3杯・ラード大さじ3杯・ごま油大さじ2杯
<作り方>
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1)白ネギは芯をぬきラップに包んで電子レンジで40秒、軽くしんなりしたところをみじん切りにする。生姜はおろす。
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2)豚ひき肉を合わせてネギ生姜を加え軽く混ぜ合わせ肉の臭みをとる。
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3)調味料の順番。まずは塩、次に醤油と酒、ラードを入れ軽く混ぜる。必ず白菜の前に味付けしておくのが大事。ラードは白菜に味を補うため(胡椒は好みで。王先生は入れない)。
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4)白菜を丸ごと軽く洗ってそのままラップでくるむ。電子レンジで途中で向きを変えて2〜3分加熱。それをみじん切りにする。芯がまだシャキとしている状態。
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5)軽く絞って水分を切り3)のボールに加える。1/4白菜だと絞ってこの位の量になる。白菜の上にごま油を流し一緒に混ぜていく。
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6)最後に小口切りしたニラをパラパラっと加える。中国ではニンニクは餃子の具に入れない。
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7)皮に包んだ餃子をフライパンに軽く油を敷いた上に並べ、途中で油を足してしばらく焼く。焼き色がついたら餃子の1/3の高さに湯を加え蓋をして水分がなくなるまで焼く。
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by nabetsuma | 2007-11-27 09:35 | wankoQuest

FoodQuest「腕が!? 最後の聖戦・・」の巻

診察の結果は・・レントゲン不要、五十肩でもなく「使い過ぎ」か「ひねった」だそう。しばらくいたわってねとのこと。ほっ。

いずれにしても当分凝ったものは作れないだろうから、以前作った『餃子』を紹介。なんやギョウザか・・はは、そう・・but 皮から作ります!
<材料>
強力粉300g(みなさんブリヌイの残りあるでしょ?)
熱湯180〜200cc
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<作り方>
1)小麦粉をボールに入れ分量の熱湯を注ぎ箸で混ぜる。耳たぶ位の柔らかさ。
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2)よくこね丸くまとめる。
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3)乾かないようにし1時間くらい休ませる。
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4)塊を少々延べ棒にし3等分。それぞれを直径2cmくらいに細長〜く伸ばしていく。
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5)パイカッターやバターナイフでポンとまず4等分カット、それらをまた6等分カットし24個分作る。これを3本繰り返す。72個できあがり(実際はもう少し多かった)。
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6)手のひらでペチャとつぶしていく。このあたりになってくると小麦粉で遊んでるかんじで楽しい。
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7)つぶれて小さな円になったものを、直径7cmの円にめん棒で伸ばしていく。真ん中を若干厚く周囲を薄くする。真ん中が薄いと破れやすい。
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8)皮の真ん中に具を入れる。
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9)まず真ん中を合わせる。
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10)片側だけひだを寄せ形作る。
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少し具が残るくらい。これで、焼いても蒸してもゆでても揚げても美味しいモチモチっとした餃子のできあがり!

(=∧=)レシピは1978年のクロワッサン誌の餃子特集より。王先生指導による(だれ?)。餡の作り方はこちら=
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by nabetsuma | 2007-11-26 20:47 | wankoQuest

TabitsumaJunk「8:とっとと駆け足、トレド&マドリッド・・」の巻

実は昨日の朝起きたらまったく左腕があがらない状態だった・・最初寝違えたのかな?と思ってみたが、なんかおかしい(うちのエカキがよく寝違えるのでおまえもそうだ、と言われた)。そこで動く右手を使ってあちこちのブログに非公開で書き込みをしたら「ビンゴ!」、五十肩の経験者に遭遇。そのひとは50歳ちょうどで五十肩になったそうだ。しかも1年あまりの不自由な暮しを余儀なくされたとか・・うわっ!

症状はこんなかんじ。首や肩が痛いというわけでなく、肩&上腕部が動かす度にイテテテとなる。腕を180度あげれば真上とすると、90度いかないのだ。トイレ、洗顔も難儀で、衣類の着脱に至っては、昨日より痛みが増した今朝はエカキの手を借りないとタイツもはけないのだった。一番辛いのは就寝時、寝返り打てずちょっと動いただけで痛くって眠れない・・で、眠ったかと思うと明け方からその痛さで目が覚める・・ああ拷問・・

キーボードは右手で打てるのだが、左手のアシストないのでめちゃ遅い。が、一番問題なのはネットサーフィンとブログ以外することないのだ! というか、なにも出来ないのだ! 食事作りもエカキにあーだこーだと指図してやってもらうだけ。いかに人間両手の恩恵を受けていたか今さらながら思い知っている真っ最中である。ああ地獄(多少おおげさちゃん)・・

いちおうこちらの五十肩サイトを参照し、こちらの五十肩用コッドマン体操(振り子体操)を今朝から始めた。

<スペイン編・後半>旅の記録、もう一度。

12/20:パリ着
年末年始を南仏で過ごす。     =ここまでがフランス=
80年1/02:バルセロナへ列車移動   =ここからがスペイン=
1/07:バレンシア
1/09:アリカンテ
1/12:トレヴィエハ
1/14:ムルシア/アルカザール   (=∧=)前回はここまで
÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷÷
1/15:トレド          (=∧=)今回はここから
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ
1/21:フィゲラス        =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ      =ここから又フランス=
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アルカザールから途中Castilleto Anover駅で列車を乗換えトレドに向かう。トレドはさすが観光地、ツーリズモ(旅行案内所)で地図をもらい宿の案内を受ける。ここで思い出してもらいたい。れいの夜中の気味悪いお祈り声にビビったエカキツマが「夢見の悪いこんな宿はもうイヤ!」と、さっさと別宿に移った、と以前のブログには書いたが、実は2晩の宿賃を前払いしていたので1晩分を返金してもらうのに、仏語&英語&日本語を交えてちょっとした騒ぎになった。まあ戻ってきたけど。で、エカキは美術館とグレコの街トレドを堪能したようだ。
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なかなか趣のあるトレド

さてスペインの首都はマドリッドである。街なかで見かける日本人の数がぐっと増えた。メトロ、ホセ・アントニオ駅そばの Hostal Varera という割合ましな宿に入る。ここ、外壁や内装の工事中で「850ptsでOK!」ということだった。2500円?これまでの安宿に比べたらぐううーーんとデラックス、だって3人部屋、トイレ&シャワーついてるもん、ラッキー!!

エカキは翌日まで待てなかったらしく、夕方4時なのにプラド美術館に親子そろって駆け込む。なんといっても「広い!」。小さな手帖の11ページにわたって詳細にどんな作品を見たかとかその感想がびっしり書き込んである。2歳児とその母はそれほど熱心ではなく、各部屋を移動して楽しんでいた、といったところか。で、おんやあ!? 気がつくと息子のコートのポッケが奇妙な膨らみ方をしているのだった・・目が点!

知らんぷりして息子を見てたら、警備員のおじさんが手招きで「こっちおいで!」をしている。ととと、と駆け寄る息子、おやじ、内緒だよと指でシィとポーズして、甘いモンをそっと息子のポケットに忍ばせる・・にこっと東洋人のチビが微笑み「グラシアス」。おやじ顔をゆがめて喜んでいる。この国の人たちってほんとうに子ども好きなんだわ。こんなかんじでプラドを1周したもんだから、ポッケどころかコートのフードにもお菓子がてんこ盛り。各部屋にいる警備員のおじさんたちからもらったらしい。しばらくおやつには事欠かなかった。

で、ベラスケスの部屋で偶然パリの知り合いN氏に出会う。ここはスペイン、ちょうどこの時間、この広いプラド美術館内で出会うかねえ!?と絶句。もう時効だろうから暴露するけど、こやつがパリに居るからパリから逃げ出したのだ! N氏はムサビの首席卒業生でパリ滞在半年間の栄誉でパリにやって来たのだった。そのあともう半年〜1年ビザを延長するケースが多いとは聞いていたが、N氏もその路線で、ホームシックになったのか我々にまとわりついてきた。毎日のように宿にやってきて、あげくに手料理をごちそうするとかで招待され出かけたエカキは料理に入っていたオリーブをガキッと噛んでその種で歯が折れ、一緒に食べた息子は下痢をした。エカキツマ、その無類の第六感で出かけず難を逃れた・・いま思い出しても腹が立つ! ようするに波長が合わないのだ。パリにいる限りN氏が離れてくれそうになかった、ゆえに南仏に旅立ったのだった。まったく、もおお!
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by nabetsuma | 2007-11-26 11:43 | 旅ツマ2スペイン→南仏

TabitsumaJunk「9:とっとと駆け足、再びバルセロナ&フィゲラス・・」の巻

<スペイン編・後半>旅の記録
1/15:トレド      
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ (=∧=)今回はここから
1/21:フィゲラス       =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ      =ここから又フランス=

1月18日、翌日のバルセロナへの移動にエカキはトランスアルピーノのフィレンツェ行きチケットを購入に出かけた。『トランス・アルピーノ』は格安列車チケットで特に26歳までの旅行者の割引率が高かったと思う。仏・英・西・伊・独他、ヨーロッパの各地で購入でき複数同行割引などもあった。日本人にとっては「ユーレイルパス」が有名だが、いかんせん有効期限内に使い始め、終えないといけないなど制約多く値段も高い。・・と書いてきて検索してみると、ずらずら各種パスが出て来た。地球の歩き方HPにも各パスの使用方法・制限など載っている。ちなみに旅の後半に大騒動を引き起こす鉄道パスの『インターレイルパス』についてはいずれまた。(nabetsumaはこれが原因で自分の人格が変わったと信じている。事件はアムステルダムで起きた・・乞うご期待! ← ずうっと先。忘れた頃にエピソードが出ます。)
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翌日マドリッドをTalgo(スペイン国内都市間を結ぶ、長距離列車。全席指定制)で出発。マドリッド〜バルセロナ間612kmを結ぶ時間は現代では最短で4時間46分、当時はこの倍であった。エカキの手帖から。
「近代的なしかし重い荷物を持ち歩いて行くにはとてつもなく不便な駅CHAMARTINからTalgoはゆっくりと加速しながら離れていった。スペインの大地は赤い。驚くほど赤く紫に輝く畑地にしばしば出くわす。あるところでは灰白色の岩山ばかり。そこに植えられたブドウやオリーブは見事にそれらの色と調和し美しい風景を形作っている」。

夜も7時半になってやっとバルセロナに到着。れいの可愛いピアス赤ちゃんのいる安宿に入る。ところが翌朝息子は疲れが激しかったのかオネショをしてベッドを濡らしてしまう。こういうこともあろうかと日本より防水シーツを持参して必ずベッドのマットレスとシーツの間に敷いて防止策をとっていたのだが、いかせん就寝中にかなり動いて防水シーツがズレたのだろう・・マズい・・そのまた翌朝、今度は濡れていないほうのベッドでまたズレて結局2晩続けてオネショ・・ヤバい! スペイン語で説明できないので渡欧して初めてベッドの枕元にチップを残す・・すみません!

オネショで後をにごしたエカキ一家は、フランスに入る前にフィゲラスという絵描きのサルバドール・ダリの生誕地に一泊する。スペインにしてはあか抜けてはいるがこれといってとりえのない町だったらしい。ただダリ美術館の出現により一躍ダリの町として脚光を浴び、非常に立派なツーリズモが出来ていた。スペイン最後の食事は、いつもの<ポークチョップ・パエリャ・サラダ・フィデオスのスープ>であった。Adios España! さらばスペイン!
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スペインのジジババ&ねーちゃんたちを籠絡した東洋人のちび。正月のナルボンヌにて。手にはいつもお気に入りのトミカです。

ということで、土ぼこりと乾いた空気のスペインからひと月ぶりにフランスに入国し、なにかほっとしたものを感じていたエカキ一家だが、ナルボンヌに向かう車中でトランス・アルピーノのチケットがフランス国内では限られた夜行列車にしか使えないことが判明した。またナルボンヌで泊まるのもつまらないので、ひとつ内陸のカルカソンヌに行ってみよう、ということになった。(ああやっとカルカソンヌに戻って来た・・さあ、グルメネタを次は行くわよ!!
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by nabetsuma | 2007-11-25 16:42 | 旅ツマ2スペイン→南仏

TabitsumaJunk「10:世界遺産の街カルカソンヌ。逮捕とカスレの想い出・・」の巻

もとはといえばEKさんちでペルージャについて語ったことがきっかけだった「旅ツマ・ジャンク」。旅は1979年12月にパリに到着してから南仏・スペインと放浪し、再び南仏という経緯である。
<列車を何度も乗り降りし元来た道を引き返す。言葉が「シ、グラシアス、アディオス」から「ウイ、メルシ、オヴォワール」に変わってしばしとまどう。>とエカキは手帖に記している。

スペインより多少物価は高いが、パン屋の多さ、昼食や夕食の時間帯、宿の暖房何をひとつとってもありがたいフランスの地。ちなみにレストラン、フランスでの開店時刻は12時と6時、スペインでは2時と8時、これが子連れには痛かった。暖房というのは、スペインは元々温かい土地柄なので安宿にはまったく暖房設備がなかった。なんとか頼み込んで幾ばくかの費用を払い電気ストーブを借りる日々だったのが、フランスに入ったとたん、部屋の暖房は当たり前なのだった。寒波に凍えたエカキ一家にやっと温かい平穏が訪れた・・

手帖によると、カルカソンヌではホテル受付のマダムに食堂情報をもらったようで、仏家庭料理店、ヴェトナム料理店、クレプリーなど、せっせと通って食べていたようだ。そんなある夜、ドアをコンコンと何度か強くノックする音が・・
(⦿⦿)「Qui est ce? どなた?」
(>j<)「Police ポリース!」

ドアを開けるとコート姿の男性に制服警官が2名慌ただしく部屋に乱入した。そのコート男は自分はcommissaires de policeと名乗った。どうやらカルカソンヌ警察署長みずからのおでましのようだ・・まじ? このとき仏語が理解できるのはエカキひとり、2歳の子どもとその母親は緊張で顔がひきつり、ポンポンと大声の早口でまくしたてられる仏語に圧倒され成り行きに大いなる不安を増長させていた・・「強制送還!」頭をさっとよぎった・・

(⦿⦿)「Japonais にほんじん」
(>j<)「Ah,japonais? なんだ日本人か」
パスポートを提示、ついでにIAAの身分証明書も見せる。やっと穏やかな会話になり、やーすまんすまん、というかんじで最後には「良い旅を!」なんちゃって。
(=∧=)あんたらなんやーーー!!!

エカキの説明によると、不法ヴェトナム人一家が入管から逃げたということで、それらしきアジア人ファミリーをかたっぱしから探していたそうだ・・気の毒に〜それにしても心臓がバクバクしてしばらく治まらなかった・・

「IAA」とはInternational Association of Art.の略称で『国際美術連盟』のことである。個人で渡欧するにあたって、何か身分証明書なるものが必要ではないかと考えたエカキは、所属する日本美術家連盟にIAAの証明書を発行してもらったのだった。IAAはユネスコの諮問機関であるので国際社会で通用するだろうとふんでのことだった(と言ってもだれも知らないだろうけど)。また、この証明書は便利なことにIAAに加盟する国々の美術館へのフリーパスともなっていた。タダよ〜ん。エカキはむかしも今も美術関係の会や団体には所属していないが、この日本美術家連盟にだけはちゃんと会費を払い続けている・・震災の時にもお見舞金をたんまりいただいた〜ありがたやあ・・
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つい最近某国営放送の世界遺産の旅でカルカソンヌについての特集があったばかりか、ここのところ朝日新聞の夕刊に連載されている「ニッポン人脈記/食卓のメロディー」に『カスレ』についての記述を見つけたのも奇遇といえばそうなる。おまけにブログ仲間のKcousさんがなぜかカスレを作りその画像をアップした時期とも重なるのだ! ここまできたら、カスレについて語らない訳にはいかんでしょう!?

「カスレ」は簡単に言うと「インゲン豆と肉の煮込み」であり、ウィキペディアによればカスレ(仏:cassoulet)はフランス南西部の豆料理。加える食材が多少異なる「トゥールーズ/ガチョウのコンフィ入り」「カステルノーダリ」「カルカソンヌ/ヤマウズラのブレゼ入り」の地域別の3種が有名とある

カルカソンヌの宿で美味いレストラン情報を得たエカキ一家は彼の地で幾度かカスレを食したが、AU BON PASTEURという小さな食堂で食べたカスレは忘れられない〜
<前菜:ウフ・ミモザ、野菜スープ>
ウフ・ミモザとは、フレンチ定番のゆで卵のマヨネーズかけとはひと味違うのだった。半分にスライスした白味を入れ物として黄味をマヨネーズで和えたのを盛りつけ、そのうえから裏ごし黄味を散らしてあった・・うつくしい!
<主菜:カスレ、肉団子><添物:芽キャベツのソテ、フリット>
カスレは、インゲン豆、ソーセージ、豚肉の塊、こんがりウズラ、それぞれ柔らかく煮込んだのをキャセロールに入れパン粉を上に散らせてオーブンで熱々に焼かれサーブされる・・熱っつい!うんまい!
<デザート:フランドラメゾン(特製フラン)、ムースショコラ>
1/4ワイン、パン付、コースで1人前24FF、1400円少々。

ここの食堂、面白いことに、おじさんがひとりで切り盛りしていた。黒いチョッキを着たおじさんがテーブルの間をかき分けてサービスし、その後厨房に入っていく。チラリとその様子を伺うと、おじさんはエプロンをさっとかけせっせと作り始める・・そして出来あがると、またエプロンをはずして、テーブルに持ってくる、という繰り返し。すごい! 楽しい! ただしこんな調子なので料理が出来てくるのには時間がかかる。それを承知でやって来るのんびりした客で繁盛している様子だった。はは。

で、帰国ししばらく経ってから、あのお味が思い出され、どうしてもカスレが食べたくなったことがあった。ちょうど知り合ったフランス人に作り方を教えて!と頼んだら、「アンポッシーブル!不可能」と答えが返って来た。なぜ? 彼女がいうことには「ガチョウの油が不可欠」。もっと詳しい説明によると、
『カスレという名物料理は、フォアグラと大いに関係があるのよ。フォアグラ用として育てられているガチョウからは大量の脂肪がとれるのよね。それをカスレの調理に使うの。あの独特のお味はそういうこと。』
『日本ではフォアグラというと高級料理だけど、あたしが育った地方では農家がみんなガチョウを育ててたから、
(・〜・)「かーちゃん、腹が減った〜」と子どもが言えば、
(=∧=)「フォアグラでも食べときな!」というかんじよ〜』


おおっそれはそうだ! 地元じゃそれが普通なんだよ! キャビアも地元がかなり喰っちまうから輸出が少ないとかなんとか以前聞いたことあるぞ。ふむ納得〜
「フォアグラ/脂肪肝」、ガチョウだけでないのね、カモも使われているそうな・・
そうそう、フレンチレストランでよくあるメニュー「鴨のコンフィ」。元々はガチョウの脂肪で油煮にして作られた保存食料である。ちなみにフランスの地方料理は、多用する油脂の種類で特徴づけられるそう。例えばノルマンディーはバター文化圏、イル・ド・フランスはラード文化圏であるが、フォアグラの主要な産地のひとつであるラングドック地方はガチョウ脂肪文化圏に属している。カルカソンヌはまさにそのラングドックなのだ!

(=∧=)参考までにカスレのレシピ、その1その2

*「旅ツマ3南仏→イタリア」へ続く
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by nabetsuma | 2007-11-24 14:15 | 旅ツマ2スペイン→南仏

TabitsumaJunk「1:こうして旅は始まった・・」の巻

むかしむかし東京の南阿佐ヶ谷に美大を出てアパートの管理人をしながらも漠然と渡欧したいという野望を持ったエカキ一家が住んでいた。まったくあてもないのにその日のために備えて、そのエカキとツマは語学学校に通っていた。

1979年10月末、銀座でエカキ初の個展が行なわれ、まとまった収入が入った。あれま? そのうえ画廊サイドから、彼の地で製作した作品をまとめて買うから行って来い!、というオマケの申し出があった。渡りに舟だった。

あとはあれよあれよというまに、大韓航空の1年間オープンチケット・1年分の海外旅行保険・旅支度・アパートの引越と準備が進み、とにかくすべてが「Go!」という流れに向かって行った。この間1ヶ月少々。呆れたことに、どこに住んで製作を行なうかという点が実にあやふやだった。フランスよりスペインやポルトガルあたりが物価が安くていいんじゃないか、とか。12月に旅をスタートさせるんだから、パリに着いたらさっさと南下するのがいいんじゃないか、とか。

そうこういってるうちに、とっととエカキ一家は1979年12月19日成田より出国、20日朝パリのオルリー空港に降り立った。1年間の苦難の旅の始まりであった。
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安宿から撮った当時のパリ。市役所そばの一等地であったにもかかわらず1日35F(当時のレートは1FF=¥60)と激安。もちトイレ共同、風呂なし、エレベーターなし。ベッドはダブル1ヶとシングル1ヶ、これで親子3人分。ユダヤ人街なので安いらしかった。雪が舞う12月後半のパリ、宿近くの街角でスケッチするもボールペンが凍って、自分が凍らないうちに宿に引きあげるしかないエカキであった。

その年暮れヨーロッパを大寒波が襲った。南に行こう!とばかりにエカキ一家はパリからどんどん南下し、南仏から今度はスペインに渡りさらに南下、モロッコまで到達するか? と思われた矢先、大寒波の影響で途中列車がアンダルシア目前で引き返したのだった。あれま? そんなことはつゆ知らないお気楽な一家。いつまでも自分たちは暖か〜い南国を目指していると信じて疑わなかった・・

さて、何時間経ってもいっこうに暖かい雰囲気の風景に変わらないことにやっと気づいたエカキ一家。しかたなく途中で下車し、とりあえずトレドとマドリッドの美術館だけは見なくっちゃと、今度はスペインを北上し始めたのだった。その後スペインの風土と乾いた空気に喉をやられたツマを気遣い、また南仏にもどってきたエカキの一家がたどりついた街はカルカソンヌ・・いまじゃ世界遺産のまち〜(翌年の1月22日のこと〜すでにひと月過ぎとるのにまだ放浪中〜)

*上記のあらすじに当てはまるのが『旅ツマ1パリ→スペイン』と『旅ツマ2スペイン→南仏』。ブログ左上のカテゴリから読めます。

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by nabetsuma | 2007-11-23 07:16 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「旅の記憶・・」の巻

これらは「なあに」?
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そう、旅行記というかエカキがどこの美術館で何を見たか、ということが主に書かれている手帖5冊である。これらの発見が今回なかったら、とうてい旅の顛末記を書こうにも無理だった。だって28年前・・遠いとおいむかしのこと・・

この手帖からエカキ一家のカルカソンヌまでの旅をたどってみよう。

79年12月19日成田発・大韓航空機にてソウル乗換えアンカレッジ給油
12/20:パリ・オルリー空港着
12/24:パリよりアヴィニョンへ列車移動(ウサギイヌ目撃)
12/26:アルルへ仏国鉄バスにて移動(救急車騒動)
12/29:ナルボンヌへ列車移動  =ここまでがフランス=
80年1/02:バルセロナへ列車移動 =ここからがスペイン=
1/07:バレンシア
1/09:アリカンテ
1/12:トレヴィエハ
1/14:ムルシア/アルカザール
1/15:トレド
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ
1/21:フィゲラス        =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ       =ここから又フランス=
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by nabetsuma | 2007-11-23 06:02 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「2:AVIGNONとARLES・・」の巻

ひとこと。
集英社!富樫!編集者!、あんたら読者をなめてない!?先週のHUNTER×HUNTERは19ページの超力作でわくわくしたら、本日発売のジャンプはなんやねん!? あれっ?9ページ・・数え間違い?・・足して2で割らんかい!・・いや違う!今週も19ページ描かんかい!!!

12月23日にアヴィニョンに向かったと書いたが、本日手帖をよく読んでみると24日の間違いであった。つまりはパリに到着して4泊したのちリヨン駅から急行列車で南下したのはクリスマスイブだったのだ(TGVはまだない)。朝早い列車であったにも関わらず、超満員だったことは記憶にある。民族大移動するのは日本人と近頃景気の良い中国人くらいなもの、と考えがちだが、実際にはクリスマス休暇もありでこの時期の長距離列車はフランスにおいても大移動のようだった。

南仏とはいえ雪まじりの天候のアヴィニョンは寒々しく、とても橋のうえで輪になって踊る気分ではなかったようだ。手帖には、宿に到着後親子3人疲れはて6時すぎには寝てしまうとある。そして翌朝の朝食時のパンが固かったとも・・パリでは超安宿もあったのだが、小さな街では宿は平均化されており、一番安い宿がひとつ星ホテルで朝食付だったらしい。こんな固いフランスパン、歯が立たへんやん! と内心思いつつ、となりのテーブルの老婦人をそっと見ていると、彼女はカフェオレにバタつきバゲットをドボンとつけ込み食べていた。エカキ一家がそれを真似たのは言うまでもない。

翌日エカキはひとりでアヴィニョンの橋を見に行った・・つまらない橋だった・・らしい。昼食にマズイもんを食べた帰り、街角でとつぜん息子が「あっ、うさぎワンチャン!」と叫んだ。なんだなんだ、と彼が指差した先を見てみると、デカ耳をピンと立てたシェパードが歩いていた。
(当時2歳児の言ったことです)
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翌26日7時45分発アルル行きの国鉄バスに乗車する。列車だとアヴィニョンからアルルはすぐなのでバスもいいだろう、と思ったのが運のつき。とちゅうで息子がゲエロゲロ始めてしまった・・さいわい20分ほどでアルル駅についたので待合所で息子を寝かせて休んでいると、駅員がやってきて「どーしたんだ!?」となぜか大騒ぎになった。「救急車を呼ぼう!」と言われ、あわてたエカキがあわてたもんでフランス語がしどろもどろになり、救急車が手配されてしまった・・外国で救急車を呼ぶと有料、ウン万円!ということを散々出国前に聞かされていたエカキ夫妻は、もどして蒼白くなった息子よりさらに青ざめてギャオスギャオスと駅員ともめたのであった。

なんとかバス酔いで具合が悪くなったんだ、ということが先方に伝わり間一髪で救急車がキャンセルされた。それでも駅から街まで歩くとこの子の体によくないからと、知らないうちにタクシーが呼ばれたのだった。・・そのタクシーに乗車し街の中心とやらに向かったところ、3分もたたないうちに「ここ街の中心ね、ここ安宿ね、○○フランね」と降ろされてしまう。ウッウッ、なんて親切なひとたちなんだ・・
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by nabetsuma | 2007-11-23 05:25 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「3:ARLESにおけるVan Gogh・・」の巻

旅の手帖の中身です。Arles(アルル)のページを写してみました。
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陶器のスケッチは伊FAENZAという小さな町の国際陶器博物館でのもの。ファエンツア・・ここねえ・・よほど日本人が珍しかったのか、我々が歩く度にみんなが立ち止まってジロジロ。いずれまたイタリア編にて。

さてアルルの続きです。
アルルの思い出といえば、れいの救急車騒動とホテルのベッド。タクシーの運ちゃんに案内してもらったMISTRAL HOTEL、かっこいい名前だが町一安かったもんでフランスでも珍しく暖房はないわ、バーで営業中のオーナーは「うちの宿は冬のあいだ開店休業中なんだ、おまえたちほんとに泊まるの?」と言われるわ、もうとにかく部屋に入れて!状態で無理矢理チェックイン!

フランスで3人用の部屋といえばたいていはダブルベッドひとつとシングルベッドひとつ。そのダブルベッド、夜エカキ夫婦がさぶいさぶいと言いつつ横になったら思いっきりゴトンという音が聞こえた。えっ?ベッドが真ん中にVの字にへこんでいるのだった。しかもスプリングが床に着いとるやん。いやん! 後にも先にもここほどひどいベッドはなかった。ワーストワンの栄誉を捧げたい。

さて、息子の汚した衣類を近くのコインランドリーに洗いに出かけたエカキ一家、そこで出会った英語を話すマダム、この出会いが一家の旅をこの先もっと困難に導いたのであった。
「スペインのアンダルシア地方が暖かくて物価も安くて超おすすめよ!」
「そーなんだ、じゃ行こう!」
どこまでも能天気なエカキ一家であった。

アルルで受けた親切のなかで唯一ありがたかったことといえば地元の美味しいレストラン情報、salle Van Gogh。ゴッホの部屋と呼ばれる小さなビストロは狭いながらもなかなか繁盛していたのだった。手帖に詳しく何を食べたかが記載されている。オードヴルに野菜のスープ・卵のグラタン、エカキのほうの主菜がプロバンス風肉詰め、ツマの主菜がポークグリル、添え物としてトマト味ごはん・スライスじゃがいものチーズ焼き、簡単なデザートにワインつき。二人分でFF54(3千円ほど)。渡欧して初めて美味い飯だったと感想あり。

結局アルルでは暖房のあるホテルに移動し計3日間滞在した。スペインに向けアルル駅に徒歩で向かったところあまりにもあっけなく到着・・最初タクシーに乗っていた時間は1分だったかもしれない。駅を目の前にあぜんとしていたエカキ一家がもうひとつそこで目にしたものは、キャンピングカー数台を停めて生活していたジプシーの大家族、そして彼らの車はベンツだった・・
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by nabetsuma | 2007-11-23 04:52 | 旅ツマ1パリ→スペイン

ヴィンテージ・ナベを国内外から収集し「鍋道」を極めんがため精進する不敵な奥様。


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