カテゴリ:旅ツマ2スペイン→南仏( 3 )

TabitsumaJunk「8:とっとと駆け足、トレド&マドリッド・・」の巻

実は昨日の朝起きたらまったく左腕があがらない状態だった・・最初寝違えたのかな?と思ってみたが、なんかおかしい(うちのエカキがよく寝違えるのでおまえもそうだ、と言われた)。そこで動く右手を使ってあちこちのブログに非公開で書き込みをしたら「ビンゴ!」、五十肩の経験者に遭遇。そのひとは50歳ちょうどで五十肩になったそうだ。しかも1年あまりの不自由な暮しを余儀なくされたとか・・うわっ!

症状はこんなかんじ。首や肩が痛いというわけでなく、肩&上腕部が動かす度にイテテテとなる。腕を180度あげれば真上とすると、90度いかないのだ。トイレ、洗顔も難儀で、衣類の着脱に至っては、昨日より痛みが増した今朝はエカキの手を借りないとタイツもはけないのだった。一番辛いのは就寝時、寝返り打てずちょっと動いただけで痛くって眠れない・・で、眠ったかと思うと明け方からその痛さで目が覚める・・ああ拷問・・

キーボードは右手で打てるのだが、左手のアシストないのでめちゃ遅い。が、一番問題なのはネットサーフィンとブログ以外することないのだ! というか、なにも出来ないのだ! 食事作りもエカキにあーだこーだと指図してやってもらうだけ。いかに人間両手の恩恵を受けていたか今さらながら思い知っている真っ最中である。ああ地獄(多少おおげさちゃん)・・

いちおうこちらの五十肩サイトを参照し、こちらの五十肩用コッドマン体操(振り子体操)を今朝から始めた。

<スペイン編・後半>旅の記録、もう一度。

12/20:パリ着
年末年始を南仏で過ごす。     =ここまでがフランス=
80年1/02:バルセロナへ列車移動   =ここからがスペイン=
1/07:バレンシア
1/09:アリカンテ
1/12:トレヴィエハ
1/14:ムルシア/アルカザール   (=∧=)前回はここまで
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1/15:トレド          (=∧=)今回はここから
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ
1/21:フィゲラス        =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ      =ここから又フランス=
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アルカザールから途中Castilleto Anover駅で列車を乗換えトレドに向かう。トレドはさすが観光地、ツーリズモ(旅行案内所)で地図をもらい宿の案内を受ける。ここで思い出してもらいたい。れいの夜中の気味悪いお祈り声にビビったエカキツマが「夢見の悪いこんな宿はもうイヤ!」と、さっさと別宿に移った、と以前のブログには書いたが、実は2晩の宿賃を前払いしていたので1晩分を返金してもらうのに、仏語&英語&日本語を交えてちょっとした騒ぎになった。まあ戻ってきたけど。で、エカキは美術館とグレコの街トレドを堪能したようだ。
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なかなか趣のあるトレド

さてスペインの首都はマドリッドである。街なかで見かける日本人の数がぐっと増えた。メトロ、ホセ・アントニオ駅そばの Hostal Varera という割合ましな宿に入る。ここ、外壁や内装の工事中で「850ptsでOK!」ということだった。2500円?これまでの安宿に比べたらぐううーーんとデラックス、だって3人部屋、トイレ&シャワーついてるもん、ラッキー!!

エカキは翌日まで待てなかったらしく、夕方4時なのにプラド美術館に親子そろって駆け込む。なんといっても「広い!」。小さな手帖の11ページにわたって詳細にどんな作品を見たかとかその感想がびっしり書き込んである。2歳児とその母はそれほど熱心ではなく、各部屋を移動して楽しんでいた、といったところか。で、おんやあ!? 気がつくと息子のコートのポッケが奇妙な膨らみ方をしているのだった・・目が点!

知らんぷりして息子を見てたら、警備員のおじさんが手招きで「こっちおいで!」をしている。ととと、と駆け寄る息子、おやじ、内緒だよと指でシィとポーズして、甘いモンをそっと息子のポケットに忍ばせる・・にこっと東洋人のチビが微笑み「グラシアス」。おやじ顔をゆがめて喜んでいる。この国の人たちってほんとうに子ども好きなんだわ。こんなかんじでプラドを1周したもんだから、ポッケどころかコートのフードにもお菓子がてんこ盛り。各部屋にいる警備員のおじさんたちからもらったらしい。しばらくおやつには事欠かなかった。

で、ベラスケスの部屋で偶然パリの知り合いN氏に出会う。ここはスペイン、ちょうどこの時間、この広いプラド美術館内で出会うかねえ!?と絶句。もう時効だろうから暴露するけど、こやつがパリに居るからパリから逃げ出したのだ! N氏はムサビの首席卒業生でパリ滞在半年間の栄誉でパリにやって来たのだった。そのあともう半年〜1年ビザを延長するケースが多いとは聞いていたが、N氏もその路線で、ホームシックになったのか我々にまとわりついてきた。毎日のように宿にやってきて、あげくに手料理をごちそうするとかで招待され出かけたエカキは料理に入っていたオリーブをガキッと噛んでその種で歯が折れ、一緒に食べた息子は下痢をした。エカキツマ、その無類の第六感で出かけず難を逃れた・・いま思い出しても腹が立つ! ようするに波長が合わないのだ。パリにいる限りN氏が離れてくれそうになかった、ゆえに南仏に旅立ったのだった。まったく、もおお!
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by nabetsuma | 2007-11-26 11:43 | 旅ツマ2スペイン→南仏

TabitsumaJunk「9:とっとと駆け足、再びバルセロナ&フィゲラス・・」の巻

<スペイン編・後半>旅の記録
1/15:トレド      
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ (=∧=)今回はここから
1/21:フィゲラス       =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ      =ここから又フランス=

1月18日、翌日のバルセロナへの移動にエカキはトランスアルピーノのフィレンツェ行きチケットを購入に出かけた。『トランス・アルピーノ』は格安列車チケットで特に26歳までの旅行者の割引率が高かったと思う。仏・英・西・伊・独他、ヨーロッパの各地で購入でき複数同行割引などもあった。日本人にとっては「ユーレイルパス」が有名だが、いかんせん有効期限内に使い始め、終えないといけないなど制約多く値段も高い。・・と書いてきて検索してみると、ずらずら各種パスが出て来た。地球の歩き方HPにも各パスの使用方法・制限など載っている。ちなみに旅の後半に大騒動を引き起こす鉄道パスの『インターレイルパス』についてはいずれまた。(nabetsumaはこれが原因で自分の人格が変わったと信じている。事件はアムステルダムで起きた・・乞うご期待! ← ずうっと先。忘れた頃にエピソードが出ます。)
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翌日マドリッドをTalgo(スペイン国内都市間を結ぶ、長距離列車。全席指定制)で出発。マドリッド〜バルセロナ間612kmを結ぶ時間は現代では最短で4時間46分、当時はこの倍であった。エカキの手帖から。
「近代的なしかし重い荷物を持ち歩いて行くにはとてつもなく不便な駅CHAMARTINからTalgoはゆっくりと加速しながら離れていった。スペインの大地は赤い。驚くほど赤く紫に輝く畑地にしばしば出くわす。あるところでは灰白色の岩山ばかり。そこに植えられたブドウやオリーブは見事にそれらの色と調和し美しい風景を形作っている」。

夜も7時半になってやっとバルセロナに到着。れいの可愛いピアス赤ちゃんのいる安宿に入る。ところが翌朝息子は疲れが激しかったのかオネショをしてベッドを濡らしてしまう。こういうこともあろうかと日本より防水シーツを持参して必ずベッドのマットレスとシーツの間に敷いて防止策をとっていたのだが、いかせん就寝中にかなり動いて防水シーツがズレたのだろう・・マズい・・そのまた翌朝、今度は濡れていないほうのベッドでまたズレて結局2晩続けてオネショ・・ヤバい! スペイン語で説明できないので渡欧して初めてベッドの枕元にチップを残す・・すみません!

オネショで後をにごしたエカキ一家は、フランスに入る前にフィゲラスという絵描きのサルバドール・ダリの生誕地に一泊する。スペインにしてはあか抜けてはいるがこれといってとりえのない町だったらしい。ただダリ美術館の出現により一躍ダリの町として脚光を浴び、非常に立派なツーリズモが出来ていた。スペイン最後の食事は、いつもの<ポークチョップ・パエリャ・サラダ・フィデオスのスープ>であった。Adios España! さらばスペイン!
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スペインのジジババ&ねーちゃんたちを籠絡した東洋人のちび。正月のナルボンヌにて。手にはいつもお気に入りのトミカです。

ということで、土ぼこりと乾いた空気のスペインからひと月ぶりにフランスに入国し、なにかほっとしたものを感じていたエカキ一家だが、ナルボンヌに向かう車中でトランス・アルピーノのチケットがフランス国内では限られた夜行列車にしか使えないことが判明した。またナルボンヌで泊まるのもつまらないので、ひとつ内陸のカルカソンヌに行ってみよう、ということになった。(ああやっとカルカソンヌに戻って来た・・さあ、グルメネタを次は行くわよ!!
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by nabetsuma | 2007-11-25 16:42 | 旅ツマ2スペイン→南仏

TabitsumaJunk「10:世界遺産の街カルカソンヌ。逮捕とカスレの想い出・・」の巻

もとはといえばEKさんちでペルージャについて語ったことがきっかけだった「旅ツマ・ジャンク」。旅は1979年12月にパリに到着してから南仏・スペインと放浪し、再び南仏という経緯である。
<列車を何度も乗り降りし元来た道を引き返す。言葉が「シ、グラシアス、アディオス」から「ウイ、メルシ、オヴォワール」に変わってしばしとまどう。>とエカキは手帖に記している。

スペインより多少物価は高いが、パン屋の多さ、昼食や夕食の時間帯、宿の暖房何をひとつとってもありがたいフランスの地。ちなみにレストラン、フランスでの開店時刻は12時と6時、スペインでは2時と8時、これが子連れには痛かった。暖房というのは、スペインは元々温かい土地柄なので安宿にはまったく暖房設備がなかった。なんとか頼み込んで幾ばくかの費用を払い電気ストーブを借りる日々だったのが、フランスに入ったとたん、部屋の暖房は当たり前なのだった。寒波に凍えたエカキ一家にやっと温かい平穏が訪れた・・

手帖によると、カルカソンヌではホテル受付のマダムに食堂情報をもらったようで、仏家庭料理店、ヴェトナム料理店、クレプリーなど、せっせと通って食べていたようだ。そんなある夜、ドアをコンコンと何度か強くノックする音が・・
(⦿⦿)「Qui est ce? どなた?」
(>j<)「Police ポリース!」

ドアを開けるとコート姿の男性に制服警官が2名慌ただしく部屋に乱入した。そのコート男は自分はcommissaires de policeと名乗った。どうやらカルカソンヌ警察署長みずからのおでましのようだ・・まじ? このとき仏語が理解できるのはエカキひとり、2歳の子どもとその母親は緊張で顔がひきつり、ポンポンと大声の早口でまくしたてられる仏語に圧倒され成り行きに大いなる不安を増長させていた・・「強制送還!」頭をさっとよぎった・・

(⦿⦿)「Japonais にほんじん」
(>j<)「Ah,japonais? なんだ日本人か」
パスポートを提示、ついでにIAAの身分証明書も見せる。やっと穏やかな会話になり、やーすまんすまん、というかんじで最後には「良い旅を!」なんちゃって。
(=∧=)あんたらなんやーーー!!!

エカキの説明によると、不法ヴェトナム人一家が入管から逃げたということで、それらしきアジア人ファミリーをかたっぱしから探していたそうだ・・気の毒に〜それにしても心臓がバクバクしてしばらく治まらなかった・・

「IAA」とはInternational Association of Art.の略称で『国際美術連盟』のことである。個人で渡欧するにあたって、何か身分証明書なるものが必要ではないかと考えたエカキは、所属する日本美術家連盟にIAAの証明書を発行してもらったのだった。IAAはユネスコの諮問機関であるので国際社会で通用するだろうとふんでのことだった(と言ってもだれも知らないだろうけど)。また、この証明書は便利なことにIAAに加盟する国々の美術館へのフリーパスともなっていた。タダよ〜ん。エカキはむかしも今も美術関係の会や団体には所属していないが、この日本美術家連盟にだけはちゃんと会費を払い続けている・・震災の時にもお見舞金をたんまりいただいた〜ありがたやあ・・
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つい最近某国営放送の世界遺産の旅でカルカソンヌについての特集があったばかりか、ここのところ朝日新聞の夕刊に連載されている「ニッポン人脈記/食卓のメロディー」に『カスレ』についての記述を見つけたのも奇遇といえばそうなる。おまけにブログ仲間のKcousさんがなぜかカスレを作りその画像をアップした時期とも重なるのだ! ここまできたら、カスレについて語らない訳にはいかんでしょう!?

「カスレ」は簡単に言うと「インゲン豆と肉の煮込み」であり、ウィキペディアによればカスレ(仏:cassoulet)はフランス南西部の豆料理。加える食材が多少異なる「トゥールーズ/ガチョウのコンフィ入り」「カステルノーダリ」「カルカソンヌ/ヤマウズラのブレゼ入り」の地域別の3種が有名とある

カルカソンヌの宿で美味いレストラン情報を得たエカキ一家は彼の地で幾度かカスレを食したが、AU BON PASTEURという小さな食堂で食べたカスレは忘れられない〜
<前菜:ウフ・ミモザ、野菜スープ>
ウフ・ミモザとは、フレンチ定番のゆで卵のマヨネーズかけとはひと味違うのだった。半分にスライスした白味を入れ物として黄味をマヨネーズで和えたのを盛りつけ、そのうえから裏ごし黄味を散らしてあった・・うつくしい!
<主菜:カスレ、肉団子><添物:芽キャベツのソテ、フリット>
カスレは、インゲン豆、ソーセージ、豚肉の塊、こんがりウズラ、それぞれ柔らかく煮込んだのをキャセロールに入れパン粉を上に散らせてオーブンで熱々に焼かれサーブされる・・熱っつい!うんまい!
<デザート:フランドラメゾン(特製フラン)、ムースショコラ>
1/4ワイン、パン付、コースで1人前24FF、1400円少々。

ここの食堂、面白いことに、おじさんがひとりで切り盛りしていた。黒いチョッキを着たおじさんがテーブルの間をかき分けてサービスし、その後厨房に入っていく。チラリとその様子を伺うと、おじさんはエプロンをさっとかけせっせと作り始める・・そして出来あがると、またエプロンをはずして、テーブルに持ってくる、という繰り返し。すごい! 楽しい! ただしこんな調子なので料理が出来てくるのには時間がかかる。それを承知でやって来るのんびりした客で繁盛している様子だった。はは。

で、帰国ししばらく経ってから、あのお味が思い出され、どうしてもカスレが食べたくなったことがあった。ちょうど知り合ったフランス人に作り方を教えて!と頼んだら、「アンポッシーブル!不可能」と答えが返って来た。なぜ? 彼女がいうことには「ガチョウの油が不可欠」。もっと詳しい説明によると、
『カスレという名物料理は、フォアグラと大いに関係があるのよ。フォアグラ用として育てられているガチョウからは大量の脂肪がとれるのよね。それをカスレの調理に使うの。あの独特のお味はそういうこと。』
『日本ではフォアグラというと高級料理だけど、あたしが育った地方では農家がみんなガチョウを育ててたから、
(・〜・)「かーちゃん、腹が減った〜」と子どもが言えば、
(=∧=)「フォアグラでも食べときな!」というかんじよ〜』


おおっそれはそうだ! 地元じゃそれが普通なんだよ! キャビアも地元がかなり喰っちまうから輸出が少ないとかなんとか以前聞いたことあるぞ。ふむ納得〜
「フォアグラ/脂肪肝」、ガチョウだけでないのね、カモも使われているそうな・・
そうそう、フレンチレストランでよくあるメニュー「鴨のコンフィ」。元々はガチョウの脂肪で油煮にして作られた保存食料である。ちなみにフランスの地方料理は、多用する油脂の種類で特徴づけられるそう。例えばノルマンディーはバター文化圏、イル・ド・フランスはラード文化圏であるが、フォアグラの主要な産地のひとつであるラングドック地方はガチョウ脂肪文化圏に属している。カルカソンヌはまさにそのラングドックなのだ!

(=∧=)参考までにカスレのレシピ、その1その2

*「旅ツマ3南仏→イタリア」へ続く
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by nabetsuma | 2007-11-24 14:15 | 旅ツマ2スペイン→南仏

ヴィンテージ・ナベを国内外から収集し「鍋道」を極めんがため精進する不敵な奥様。


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