カテゴリ:旅ツマ1パリ→スペイン( 8 )

TabitsumaJunk「1:こうして旅は始まった・・」の巻

むかしむかし東京の南阿佐ヶ谷に美大を出てアパートの管理人をしながらも漠然と渡欧したいという野望を持ったエカキ一家が住んでいた。まったくあてもないのにその日のために備えて、そのエカキとツマは語学学校に通っていた。

1979年10月末、銀座でエカキ初の個展が行なわれ、まとまった収入が入った。あれま? そのうえ画廊サイドから、彼の地で製作した作品をまとめて買うから行って来い!、というオマケの申し出があった。渡りに舟だった。

あとはあれよあれよというまに、大韓航空の1年間オープンチケット・1年分の海外旅行保険・旅支度・アパートの引越と準備が進み、とにかくすべてが「Go!」という流れに向かって行った。この間1ヶ月少々。呆れたことに、どこに住んで製作を行なうかという点が実にあやふやだった。フランスよりスペインやポルトガルあたりが物価が安くていいんじゃないか、とか。12月に旅をスタートさせるんだから、パリに着いたらさっさと南下するのがいいんじゃないか、とか。

そうこういってるうちに、とっととエカキ一家は1979年12月19日成田より出国、20日朝パリのオルリー空港に降り立った。1年間の苦難の旅の始まりであった。
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安宿から撮った当時のパリ。市役所そばの一等地であったにもかかわらず1日35F(当時のレートは1FF=¥60)と激安。もちトイレ共同、風呂なし、エレベーターなし。ベッドはダブル1ヶとシングル1ヶ、これで親子3人分。ユダヤ人街なので安いらしかった。雪が舞う12月後半のパリ、宿近くの街角でスケッチするもボールペンが凍って、自分が凍らないうちに宿に引きあげるしかないエカキであった。

その年暮れヨーロッパを大寒波が襲った。南に行こう!とばかりにエカキ一家はパリからどんどん南下し、南仏から今度はスペインに渡りさらに南下、モロッコまで到達するか? と思われた矢先、大寒波の影響で途中列車がアンダルシア目前で引き返したのだった。あれま? そんなことはつゆ知らないお気楽な一家。いつまでも自分たちは暖か〜い南国を目指していると信じて疑わなかった・・

さて、何時間経ってもいっこうに暖かい雰囲気の風景に変わらないことにやっと気づいたエカキ一家。しかたなく途中で下車し、とりあえずトレドとマドリッドの美術館だけは見なくっちゃと、今度はスペインを北上し始めたのだった。その後スペインの風土と乾いた空気に喉をやられたツマを気遣い、また南仏にもどってきたエカキの一家がたどりついた街はカルカソンヌ・・いまじゃ世界遺産のまち〜(翌年の1月22日のこと〜すでにひと月過ぎとるのにまだ放浪中〜)

*上記のあらすじに当てはまるのが『旅ツマ1パリ→スペイン』と『旅ツマ2スペイン→南仏』。ブログ左上のカテゴリから読めます。

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by nabetsuma | 2007-11-23 07:16 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「旅の記憶・・」の巻

これらは「なあに」?
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そう、旅行記というかエカキがどこの美術館で何を見たか、ということが主に書かれている手帖5冊である。これらの発見が今回なかったら、とうてい旅の顛末記を書こうにも無理だった。だって28年前・・遠いとおいむかしのこと・・

この手帖からエカキ一家のカルカソンヌまでの旅をたどってみよう。

79年12月19日成田発・大韓航空機にてソウル乗換えアンカレッジ給油
12/20:パリ・オルリー空港着
12/24:パリよりアヴィニョンへ列車移動(ウサギイヌ目撃)
12/26:アルルへ仏国鉄バスにて移動(救急車騒動)
12/29:ナルボンヌへ列車移動  =ここまでがフランス=
80年1/02:バルセロナへ列車移動 =ここからがスペイン=
1/07:バレンシア
1/09:アリカンテ
1/12:トレヴィエハ
1/14:ムルシア/アルカザール
1/15:トレド
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ
1/21:フィゲラス        =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ       =ここから又フランス=
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by nabetsuma | 2007-11-23 06:02 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「2:AVIGNONとARLES・・」の巻

ひとこと。
集英社!富樫!編集者!、あんたら読者をなめてない!?先週のHUNTER×HUNTERは19ページの超力作でわくわくしたら、本日発売のジャンプはなんやねん!? あれっ?9ページ・・数え間違い?・・足して2で割らんかい!・・いや違う!今週も19ページ描かんかい!!!

12月23日にアヴィニョンに向かったと書いたが、本日手帖をよく読んでみると24日の間違いであった。つまりはパリに到着して4泊したのちリヨン駅から急行列車で南下したのはクリスマスイブだったのだ(TGVはまだない)。朝早い列車であったにも関わらず、超満員だったことは記憶にある。民族大移動するのは日本人と近頃景気の良い中国人くらいなもの、と考えがちだが、実際にはクリスマス休暇もありでこの時期の長距離列車はフランスにおいても大移動のようだった。

南仏とはいえ雪まじりの天候のアヴィニョンは寒々しく、とても橋のうえで輪になって踊る気分ではなかったようだ。手帖には、宿に到着後親子3人疲れはて6時すぎには寝てしまうとある。そして翌朝の朝食時のパンが固かったとも・・パリでは超安宿もあったのだが、小さな街では宿は平均化されており、一番安い宿がひとつ星ホテルで朝食付だったらしい。こんな固いフランスパン、歯が立たへんやん! と内心思いつつ、となりのテーブルの老婦人をそっと見ていると、彼女はカフェオレにバタつきバゲットをドボンとつけ込み食べていた。エカキ一家がそれを真似たのは言うまでもない。

翌日エカキはひとりでアヴィニョンの橋を見に行った・・つまらない橋だった・・らしい。昼食にマズイもんを食べた帰り、街角でとつぜん息子が「あっ、うさぎワンチャン!」と叫んだ。なんだなんだ、と彼が指差した先を見てみると、デカ耳をピンと立てたシェパードが歩いていた。
(当時2歳児の言ったことです)
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翌26日7時45分発アルル行きの国鉄バスに乗車する。列車だとアヴィニョンからアルルはすぐなのでバスもいいだろう、と思ったのが運のつき。とちゅうで息子がゲエロゲロ始めてしまった・・さいわい20分ほどでアルル駅についたので待合所で息子を寝かせて休んでいると、駅員がやってきて「どーしたんだ!?」となぜか大騒ぎになった。「救急車を呼ぼう!」と言われ、あわてたエカキがあわてたもんでフランス語がしどろもどろになり、救急車が手配されてしまった・・外国で救急車を呼ぶと有料、ウン万円!ということを散々出国前に聞かされていたエカキ夫妻は、もどして蒼白くなった息子よりさらに青ざめてギャオスギャオスと駅員ともめたのであった。

なんとかバス酔いで具合が悪くなったんだ、ということが先方に伝わり間一髪で救急車がキャンセルされた。それでも駅から街まで歩くとこの子の体によくないからと、知らないうちにタクシーが呼ばれたのだった。・・そのタクシーに乗車し街の中心とやらに向かったところ、3分もたたないうちに「ここ街の中心ね、ここ安宿ね、○○フランね」と降ろされてしまう。ウッウッ、なんて親切なひとたちなんだ・・
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by nabetsuma | 2007-11-23 05:25 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「3:ARLESにおけるVan Gogh・・」の巻

旅の手帖の中身です。Arles(アルル)のページを写してみました。
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陶器のスケッチは伊FAENZAという小さな町の国際陶器博物館でのもの。ファエンツア・・ここねえ・・よほど日本人が珍しかったのか、我々が歩く度にみんなが立ち止まってジロジロ。いずれまたイタリア編にて。

さてアルルの続きです。
アルルの思い出といえば、れいの救急車騒動とホテルのベッド。タクシーの運ちゃんに案内してもらったMISTRAL HOTEL、かっこいい名前だが町一安かったもんでフランスでも珍しく暖房はないわ、バーで営業中のオーナーは「うちの宿は冬のあいだ開店休業中なんだ、おまえたちほんとに泊まるの?」と言われるわ、もうとにかく部屋に入れて!状態で無理矢理チェックイン!

フランスで3人用の部屋といえばたいていはダブルベッドひとつとシングルベッドひとつ。そのダブルベッド、夜エカキ夫婦がさぶいさぶいと言いつつ横になったら思いっきりゴトンという音が聞こえた。えっ?ベッドが真ん中にVの字にへこんでいるのだった。しかもスプリングが床に着いとるやん。いやん! 後にも先にもここほどひどいベッドはなかった。ワーストワンの栄誉を捧げたい。

さて、息子の汚した衣類を近くのコインランドリーに洗いに出かけたエカキ一家、そこで出会った英語を話すマダム、この出会いが一家の旅をこの先もっと困難に導いたのであった。
「スペインのアンダルシア地方が暖かくて物価も安くて超おすすめよ!」
「そーなんだ、じゃ行こう!」
どこまでも能天気なエカキ一家であった。

アルルで受けた親切のなかで唯一ありがたかったことといえば地元の美味しいレストラン情報、salle Van Gogh。ゴッホの部屋と呼ばれる小さなビストロは狭いながらもなかなか繁盛していたのだった。手帖に詳しく何を食べたかが記載されている。オードヴルに野菜のスープ・卵のグラタン、エカキのほうの主菜がプロバンス風肉詰め、ツマの主菜がポークグリル、添え物としてトマト味ごはん・スライスじゃがいものチーズ焼き、簡単なデザートにワインつき。二人分でFF54(3千円ほど)。渡欧して初めて美味い飯だったと感想あり。

結局アルルでは暖房のあるホテルに移動し計3日間滞在した。スペインに向けアルル駅に徒歩で向かったところあまりにもあっけなく到着・・最初タクシーに乗っていた時間は1分だったかもしれない。駅を目の前にあぜんとしていたエカキ一家がもうひとつそこで目にしたものは、キャンピングカー数台を停めて生活していたジプシーの大家族、そして彼らの車はベンツだった・・
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by nabetsuma | 2007-11-23 04:52 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「4:バルセロナ・・夕食は8時からの街」の巻

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ひとの親切が身にしみた?アルルを12月29日に離れたエカキ一家はナルボンヌというスペインへ向かう途中の町でなぜか4泊したらしい。年末ということで店も閉まっていたりで動きがとれない状態だったのではないか。手帖には美術館を2ヵ所巡った感想(29日に開いてるということが驚き)と共に南仏についてつぎのような一文がある。「南仏で一番美しいものはやはりその屋根だろう。半円形の瓦がとりどりの茶色をもって並んでいる様は旅人に特別な感慨を抱かせてくれる」。

その後1980年の1月2日にスペインに入る。着いた街はバルセロナ、久々の都会だ。エカキ一家の宿探しの基本は、到着した駅の構内にあるインフォメーションセンターでホテルの紹介をうけることになっていたが、なぜかバルセロナではそこが閉まっていた。しかたないので地球の歩き方に載っていたペンションをあたったが満員。その近くの宿にころがりこんだ。400pstでツインの部屋(トイレ風呂なし)、1pst=3.6円とレートが記されている、1400円?これは安い!ここの若奥さんがやさしいひとで、生後6ヶ月のクリスティーナという赤ちゃんを見せてくれた。赤ちゃんなのに耳にピアス、これ以降出会うスペインの赤ちゃんはみんな耳にピアスだった。

さて、いつものパターン、東京の知り合いの知り合いというバルセロナ在住のメルセデスさんという女性に電話をする。なんと仕事帰りの8時に宿に来てくれエカキ一家を小さな食堂に招待してくれた。初めて食べたスペイン料理は塩っからかったが彼の地ではご馳走という羊のソテーが美味しかった。ところが、土地のワインがキツかったのか食堂を出てから急にエカキツマが気分が悪くなり近くのバールにとび込みトイレでげええとやった。その後宿まで送ってくれ週末にバルセロナを案内してくれると告げメルセデスさんは去った・・ええひとやああ・・
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翌日エカキはピカソ美術館に出かけた。「貧しい食事のエッチングがよかった」とある。そして一家はお昼ご飯を地球の歩き方に紹介されていたCASA JOSE(ホセの店)という安くて美味い食堂でとった。すると、この店の前で日本語を流暢に話すスペイン人男性が話しかけてきた。「にほんじんですかああ?」。違うとも言えず、近くにあるデパートの屋上が見晴らしがいいのでと勝手に案内されてしまう。確かにこのデパートからは眺めは良かった、でもエカキツマが今でも覚えているのは、久々にデパートのきれいなトイレに入ってうれしかったことと、そのトイレからトイレットペーパーを1ヶいただいたことだった。時効?

さてこのスペイン人男性の親切?な行動についてはちょっとおっかなびっくりで腰がひけたが、何事もなく無事に宿に帰り着けた。あとで地球の歩き方を読んでいると、この日本語べらべら兄ちゃんは相当有名なようで、ピカソ美術館など日本人がやってくるところで待ち受けていて、ときどきご飯をねだるとあった。

実は渡欧前に海外在住経験者たちから現地でのアドバイスを受けた。一番気をつけるべきことは「現地の不良日本人」なのだそう。でも日本語が流暢な現地人については想定外・・・まあ何もなかったことだし、相手が我々ではおねだりなんてとてもできそうもない、ということだったのだろう、きっと。
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by nabetsuma | 2007-11-23 03:34 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「5:バルセロナ、老人たちのアイドル」の巻

バルセロナに宿泊し3日目の土曜日、約束通りメルセデスさんが車でやって来てどこかに連れて行ってくれるという。ところが毎日寒くて、暖房なしの宿から、暖房はないがストーブは貸してもらえる宿に移り、またその小さなストーブが限界で、暖房がありそうな宿を一緒に探してもらうことに。うっうっ、お金さえあればこんな無駄なことしなくってもいいのに・・とツマは嘆く・・(しかもこの嘆きはほぼ1年間つづくこととなる)。
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バルセロナ滞在中は前出のホセの店に毎日のように通って食事したらしい。ある夜のメニューは、スペイン風オムレツ(じゃがいものスライス入り)・ローストチキン・サラダ。特にサラダに入っているオリーブがあっさりしていて美味しい・・フランスのは塩辛くて苦みがある。

息子はスペインに入ってからなぜか大モテであちこちで愛嬌をふりまいていた。ある夜にはホセの店に入ったとたん常連の老人に拉致されてしまい、自分の孫を紹介するがごとく1階2階の店じゅう連れまわされもみくちゃにされた。そのうち泣き出してしまい「この子はどうすれば泣きやむんだ!アイスクリームやってもええか?」なんてことに。これはすぐそばの席で食事していたダブリン大学を最近退官したばかりというアイルランド人に通訳してもらい分かった。この元大学教授は民俗学を専門とし、彼の著書が日本で出版されたことがあるということで、我々との出会いを大変喜んでいた。いんたーなしょなるなスペインの夜だった・・

1月7日、いよいよ暖かいアンダルシアを目指し列車でスペインを南下することとなった。だが長い道のりであり子連れでもあったので、途中下車しながら行くことに。まずはVALENCIAで2泊。次のALICAMTEでもう3泊。ここはCOSTA BLANCA(白亜海岸)と呼ばれる美しい地中海を臨むリゾート地・・でも寒波なんで美しく感じる余裕がなかった・・
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スケッチの上面は紺碧の地中海である。
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by nabetsuma | 2007-11-23 02:18 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「6:とっとと駆け足、スペイン・・」の巻

もう一度旅の記録です。
12/20:パリ着
年末年始を南仏で過ごす。     =ここまでがフランス=
80年1/02:バルセロナへ列車移動 =ここからがスペイン=
1/07:バレンシア
1/09:アリカンテ
1/12:トレヴィエハ
1/14:ムルシア/アルカザール (=∧=)今日はここまで
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1/15:トレド
1/17:マドリッド
1/19:バルセロナ
1/21:フィゲラス        =ここまでがスペイン=
1/22:カルカソンヌ       =ここから又フランス=

つい先日まで「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会」が開かれていたスペイン南東部の都市バレンシアを経由しアリカンテに3泊したエカキ一家。その後バスでSantaPolaまで行き、今度はタクシーでGuardamarという村に着いた。ところが夏のリゾート地なのでホテルは一軒も開いていないぞ!と言われ、次の街Torreviejaトレヴィエハにまたタクシーで向かう。タクシー代は1000ptsと記載あり、円換算で3000円くらいか。SantaPolaからGuardamar、そしてTorreviejaの間には列車もバスもなかったらしい・・タクシーは乗車する前に必ず幾らで行くか、という交渉を行なってから利用したとある。
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トレヴィエハの宿隣のBarのレストランで食べた料理の記録が残っている。
<Sopa de Fideos/塩味の鶏スープ、短いバミセリ入りでサフランで黄色く色付けられているのが特徴。スープといえばこのヌードルスープ>
<1/4ポヨ(ローストチキン1/4羽)・エスカロープ(豚のスペアリブ)、添え物としてはポテトフライが一般的>
<オリーブとタマネギのたっぷり入ったトマトサラダ>


翌日トレヴィエハからバスでCartagenaカルタジェーナに向かう。ところが、また息子がゲエとなり、家族会議の結果このまま海岸伝いを南下するのはやめとしようと決まる。これまでのエカキ一家の計画とは、物価が安いスペインの小さな街でしばらく滞在し絵を制作するということだった。カルタジェーナから最寄の国鉄駅Renfeレンフェまでタクシーを利用し、列車でMurciaムルシアに向かう。ムルシアはコスタデルソル(太陽海岸)と呼ばれるアンダルシア地方のGranadaグラナダに国鉄が通じている。その途中でエカキがこう記している。
「駅に見送りに来ていた美女を見つけて感嘆する。スペインではハッとするような美人にしばしば出会う。また、フランスでもそうだったがスペインへ来てから車内や待合室で若き兵士の姿をかなりひん繁に見かける。ソ連がアフガニスタンに侵入したおりから平和が永く続くことを祈らずにはいられない」。

ムルシアで一泊しグラナダ行きTER565に乗車するも、13:06発車のはずが1時間近く遅れて2時過ぎに駅を出た。車窓から眺めるスペインのさびしい風景に心を奪われたエカキは思わず下車して描きたくなったらしい・・むり。南に下っているはずなのに、なぜか風景はますます雪景色となり土地の起伏や山ひだを砂糖衣のように包んでいく・・おかしい・・

ここで初めてエカキ一家は驚愕の事実を知らされる。乗車した列車はたしかにグラナダ行きなのだが、冬の間は降雪のため通行不可、つまりはムルシアから南下できず北に登り、トレド近郊のAlcazarアルカザールを経由し、そこから真南に下るというチョー迂回の行程をとるんだそう・・まじ? しかも到着は夜中過ぎるとか・・

ということで、エカキ一家はあっさりとアンダルシアをギブアップし、トレド&マドリッドへと向かうのであった。
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by nabetsuma | 2007-11-23 01:21 | 旅ツマ1パリ→スペイン

TabitsumaJunk「7:トレド・・」の巻

スペインのトレドのスケッチ。トレドの宿では夜中にお祈りするばーさんの声が石造りの古くて広い宿全体にひろがって薄気味悪くて息子は怖がるわ、エカキツマは夢にうなされるわで(そのばーさんに息子共々宿じゅう追い回されたあげく捕まり大きな窯でゆでられる寸前で目が覚めた)、翌朝とっととおんでて別の宿に移った。
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旅ツマ2スペイン→南仏につづく
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by nabetsuma | 2007-11-23 00:00 | 旅ツマ1パリ→スペイン

ヴィンテージ・ナベを国内外から収集し「鍋道」を極めんがため精進する不敵な奥様。


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