NabetsumaJunk「高校でかぶれたもの、その2・・」の巻

nabetsumaの高校には美大受験のクラスがあった。我々が初号機もとい一期生だったので相当期待されていた・・それはその先、クラスの存亡に関わることだった。だからいろんな制約があったのだが、たとえばクラブ活動には極力参加すんなとか、「勉強しろーい」とか「デッサン、がんがん励めー」うんぬん。ふっ、あたしの息抜きはどうすりゃあええんの?

agnès bの短コート。手持ち衣類の最初で最後の「グリーン」。去年売れた・・
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というわけで、2番目にかぶれたのは「agnès b アニエス・ベー」。高校2年生のときだったと思う。当時「ハイファッション」というセレブな雑誌があり、たぶんれいの宮脇書店で買ったんだと思うが、そこに”agnès b”が数ページに渡って紹介されていた。今でも覚えているのが「agnès bの「b」は離婚したロシア人夫の姓のイニシャル」だということと、当時「ピエール・ダルビー社のデザイナー兼スチリスト」だったということ。たしかキャシャレルのスチリストも兼任していたんではなかったか? いやねえ・・これって長期記憶・・昨日の夕食のことさえうら覚えなのに昔のことはよく覚えている・・

もちのろん(パルさん同じ世代よん)、agnès b は当時本国おフランスでも無名であったし日本ではいわずもがな。だが、あたしの心を揺さぶったのはその姿であった。当時20台で子ども3人か4人の母には到底見えない妖精のようななんともいえない不思議な雰囲気がグサッとあたしにつきささったのだった。となると芸術家志望の学生は何をするか? はい彼女のイラストを実習服(デッサンやデザイン実習を行なう際に着用するタブリエ)の背面一杯に描いたのだった。消えないアクリルでね。

さあどーなった。怒られたわよ〜受験クラスの科長先生に。実はnabetsumaは1年生のときにも「絶対に実習服には何も描かないように!」というお達しがあったのだが、そのお達し以前にすでに「謎の円盤UFO」のストレイカー長官でなくて、フォスター大佐(ムーンベースアルファの長官)のイラストを描いていた。あは?
今考えてみると毎年怒られてたなあ・・

一昨年の冬のバーゲンでゲットしたagnès bのカーディガン。マフラーは上のと同じモチーフ、ヤフオクで売れた。(ハウエルのカーディガンにつけて出品したらカーディガンはいらないと言われた・・ふくざつ・・)
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”agnès bかぶれ”は高校を卒業しても大学に入っても治らなかった・・どころかいつかおフランスで彼女の洋服を見てみたい!と夢見るようになった。機会は意外に早く訪れた。2年の春休みに学生パックツアーなるものに参加したのだった。行き帰りのみ集団行動のパックツアー、間の40日間は完全に野放し自由行動可だったのだ。旅行前に「agnès bデザインの服がレ・アールのとあるブテックに置かれている」という情報を得ていたnabetsumaは一目散にレ・アールに飛んで行った・・そこは・・大きな・・穴だった・・
(=∧=)当時、レ・アール地区は大開発ちゅう。
2日間熱につかれたように穴ぼこレ・アール地区を探しまわったが見つからなかった。あとで分かったのだが、友人の店に間借りしてagnès bデザインの服が置かれていたのは短期間であったらしい。1975年やはりレ・アールにagnès bは最初の店をオープンしている。

これは葬祭用として購入したagnès bのコート。ほとんど着用できず。売れた。
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ああ、かぶれはほぼ完治したと言える・・いい思い出だ・・
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by nabetsuma | 2008-01-19 21:00 | ナベツマジャンク

ヴィンテージ・ナベを国内外から収集し「鍋道」を極めんがため精進する不敵な奥様。


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