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『わけあって東京まで出かけてきました・・その2』

人生が波乱万丈だった母親は79歳で亡くなった。

その運不運もまたヴァラエティに富んでいて、例えば何度か宝くじに当選もしたし(1,000万ゲットで友人とハワイに大名旅行、エカキの個展にやってきて絵を買って行ったとか ⇦ 親戚多しとはいえ画廊でエカキの絵を購入したのは我が母だけ)、私が2歳くらいのときに出会った小豆島の醤油メーカーの御曹司と大恋愛し泣く泣く別れた(父が私を渡さないと脅したらしく娘のせいで幸せを逃したと長年にわたって恨めしがられた)。亡くなる前の1年は「深川に行きたい」としきりに言っていた。深川は母の生まれ育ったところだった。母の話によると、材木商の一人娘として木場で恵まれた少女時代を過ごしたようだったが、実母が病気で亡くなりそのあと東京大空襲で家や財産をなくし没落。父方の縁者を頼って香川県に移り住んだのだそう。その後祖父は新しい妻を娶ってその継母と新たに生まれた妹との生活に肩身の狭い思いをしたそうだ。高校を出て坂出の電話局に勤め始め、その縁で高松の電報局勤めだった父親と知り合い、早く家を出たかった母は渡りに船とさっさと父と結婚したようだ。

と・・ここまでは話によく聞いていたのに、一体深川のどこに住んでいたのか、まったく母からの情報はなかった。
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4月のキャンセル後、当時の住所を母親の戸籍謄本から探しだそうと試みた。が、住民票ではないので、そこに記された住所というのは「生まれた住所」は産院かもしれず「祖母が亡くなった住所」は自宅ではなく病院かもしれないと、問い合わせを行った江東区役所の区民課住民記録係の担当者に指摘された。なるほど戸籍謄本というのはそういう記録を載せているのだと知った。

母の出生地は「東京市深川区冬木町11番地」とあり、祖母の亡くなった住所は「東京都深川区深川2丁目17番地」とあるが、東京市も深川区も今では消滅している。加えて、深川は戦争末期の空襲でほとんど焼けおちた地域で、材木問屋を営んでいた祖父の名前が材木問屋組合の名簿にないかと(あれば住所が判明)、東京木材問屋協同組合に電話もかけてみたが、その名簿も空襲で焼けてしまったのだそうだ。

いずれにしても現在の場所としては東西線の「門前仲町駅」周辺であることは分かっていたので、その周辺を歩いてくることにした。

門前仲町駅を出るとすぐに北方に臨めるのが「深川不動堂」
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(2019年06月15日)


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by nabetsuma | 2023-01-14 07:29 | ツール・ド・じゃぽん