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ヴィンテージ・ナベを国内外から収集し「鍋道」を極めんがため精進する不敵な奥様。


by nabetsuma
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4月の旅行キャンセルで消滅したエールおフランスのマイレージ、返す返すも残念だった。が・・母親の誕生日(6月15日)までに巡礼の旅に出かけたかったのと、エカキが行きたいと願っていた「DIC川村記念美術館/ジョセフ・コーネル展」の最終日も6月16日と同様な期日だったため日程はおのずと決まってきた。ネットで色々検索してみると、新幹線&宿パックはとにかく値段が高かった。その点、JALによる航空券&宿のセットはお手頃だった。しかもロケーションが良い宿が多かった。選択したのは「ホテルグレイスリー銀座」、近頃注目の「GINZA SIX」のとなりである。
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JALパックのHPより探すと、6月の旅行は格安であるらしく、大阪=東京の往復航空券にプラス3泊の宿代が2人で計5.4万である。新幹線代だけで2人5.4万かかるので、これはかなりお手頃だ。現在のJALパック、メインはHPよりの申し込みで、問い合わせはパソコン操作のアドバイス用。世の中、変わったもんだ==
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セミダブルベッドルームだが1〜2人の利用可。15平米あるので
同クラスのビジネスホテルより多少広いかな(東横インだと12〜13平米)
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到着した日は日曜だったので、歩行者天国だった。
おとなりの GINZA SIX(6丁目にあるのでSIX、以前ここには松坂屋があった)
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4丁目の交差点を北上すると「銀座三越」「松屋」「Apple Store」などなど
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# by nabetsuma | 2019-06-17 19:35 | ツール・ド・じゃぽん
母の出生地「東京市深川区冬木町11番地」、現在の場所は写真のところだが・・
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昭和8年だと、現在の11番地とはかなり異なっているはずと江東区の住民記録係の人は教えてくれ、正確なところを知りたいなら古い地図を収蔵している深川図書館か江東図書館の「郷土資料室」を訪ねてみることをすすめられた。その後、祖母の亡くなった住所「東京都深川区深川2丁目17番地」について問い合わせた時には別の担当者が「ああ、ご自分のルーツをお調べになってらっしゃるんですね。ここ数年同じような問い合わせがあるんです。お時間いただけるなら私が調べてみましょう」と、後で折り返しの電話をくれた。「昭和18年当時の17番地は現在の26番地あたりかと思われます」とのことであった。なんて親切な! 

とりあえず門前仲町でメトロを下車し、そこから冬木町11番地から深川2丁目17(現在の26番地)周辺をぐるりと巡って来た。当日は肌寒く結構な雨降りで足元もびしゃびしゃになってしまうあいにくな天候だった。
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この周辺で木場の産業である材木問屋と関係があるといえば「冬木弁天堂」=
冬木弁天堂=http://www.fukagawa7.net/benzai/index.html
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ここでおまいり
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ここは一度は関東大震災で、その後空襲でも焼けており、再建されたのは昭和28年と新しい。ちなみに尾形光琳がこの弁天堂を作った冬木家に滞在した折に冬木家の妻のために描いたのが「秋草の小袖」、東博に展示されている国宝である。
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# by nabetsuma | 2019-06-17 08:54 | ツール・ド・じゃぽん
人生が波乱万丈だった母親は79歳で亡くなった。

その運不運もまたヴァラエティに富んでいて、例えば何度か宝くじに当選もしたし(1,000万ゲットで友人とハワイに大名旅行、エカキの個展にやってきて絵を買って行ったとか ⇦ 親戚多しとはいえ画廊でエカキの絵を購入したのは我が母だけ)、私が2歳くらいのときに出会った小豆島の醤油メーカーの御曹司と大恋愛し泣く泣く別れた(父が私を渡さないと脅したらしく娘のせいで幸せを逃したと長年にわたって恨めしがられた)。亡くなる前の1年は「深川に行きたい」としきりに言っていた。深川は母の生まれ育ったところだった。母の話によると、材木商の一人娘として木場で恵まれた少女時代を過ごしたようだったが、実母が病気で亡くなりそのあと東京大空襲で家や財産をなくし没落。父方の縁者を頼って香川県に移り住んだのだそう。その後祖父は新しい妻を娶ってその継母と新たに生まれた妹との生活に肩身の狭い思いをしたそうだ。高校を出て坂出の電話局に勤め始め、その縁で高松の電報局勤めだった父親と知り合い、早く家を出たかった母は渡りに船とさっさと父と結婚したようだ。

と・・ここまでは話によく聞いていたのに、一体深川のどこに住んでいたのか、まったく母からの情報はなかった。
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4月のキャンセル後、当時の住所を母親の戸籍謄本から探しだそうと試みた。が、住民票ではないので、そこに記された住所というのは「生まれた住所」は産院かもしれず「祖母が亡くなった住所」は自宅ではなく病院かもしれないと、問い合わせを行った江東区役所の区民課住民記録係の担当者に指摘された。なるほど戸籍謄本というのはそういう記録を載せているのだと知った。

母の出生地は「東京市深川区冬木町11番地」とあり、祖母の亡くなった住所は「東京都深川区深川2丁目17番地」とあるが、東京市も深川区も今では消滅している。加えて、深川は戦争末期の空襲でほとんど焼けおちた地域で、材木問屋を営んでいた祖父の名前が材木問屋組合の名簿にないかと(あれば住所が判明)、東京木材問屋協同組合に電話もかけてみたが、その名簿も空襲で焼けてしまったのだそうだ。

いずれにしても現在の場所としては東西線の「門前仲町駅」周辺であることは分かっていたので、その周辺を歩いてくることにした。

門前仲町駅を出るとすぐに北方に臨めるのが「深川不動堂」
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# by nabetsuma | 2019-06-15 15:27 | ツール・ド・じゃぽん
20年ぶりの上京の目的は「昔住んでいた場所を再訪する」&「友人に会う」だった。
が、4月の計画が病気で消えてからもう一度よくよく考えてみた。
そもそもなぜ「東京」なのか?
それは・・4月の旅程ではおまけの訪問先だった「深川」、これが一番気になっていたことではなかったのか?と。今年は母親が亡くなってから6年目「七回忌」にあたる。母親の最後にそばにいてやれなかったことをずっと後悔している。母は晩年「深川に行きたい」と何回も言っていた。東京の深川は母親が産まれ育った場所である。元気なうちに連れてってやればよかったとこれも後悔している。親の看取りは後悔ばかりなり=
だから母の代わりに深川の地を歩いてこようと思いつき、この1点に絞った。
(友人の方々、来年の1月に青山で個展があるのでその際にお会いしましょう〜)
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銀座の石畳〜

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# by nabetsuma | 2019-06-14 16:13 | ツール・ド・じゃぽん
左は日本橋の高島屋ですが・・右は何だか分かりますか?
「百十四銀行東京支店」
読み方は「ひゃくじゅうしぎんこう」です=
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各地方には「地銀」と呼ばれる銀行が色々あるが、
(と言っても例えば神戸に住んでいた時にあった「太陽神戸銀行」は
その後「さくら銀行」となり今では「三井住友銀行」に)
我ら夫婦の地元、香川県の最大地銀は「百十四銀行」なのだ。
今思えば・・合併してない・・京都銀行と同じだ=

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上京する前日に郷里のシルバー人材センターから請求書が届いた。百十四銀行で支払えば振り込み手数料が無料だとか。なら、ということで、用事もあったので高島屋となりの東京支店にて振り込んだ。振り込んだ後・・てくてくと大丸まで数分歩いて東京土産を買う予定だったが・・なぜか「羽二重団子」の商品がこの日は10時20分過ぎても売り場に到着せずあきらめざるをえなかった。ちくしょー!
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# by nabetsuma | 2019-06-13 15:43 | ツール・ド・じゃぽん